どういうわけだかカンブツをいっぱい作るハメになっている。
春のゼンメェー。夏、ユーゴーでカンピョー。秋、ヤツガシラの茎でズイキ。ハッチンで干し柿。コーコーダイコ(乾物ではないが)。ミノボシ(割り干し大根)。冬にサツマイモで干し芋。アワモチでカタモチ。去年はこれら定番にくわえてヤマクラゲ、さらにナス、カブまでしてみた。
ナスまでするか?とは思ったが、自分で苗をヨーセイしているモンダスケニ、買った苗より遅れて初秋にサカリとなる。マーズ・ナルドモ、そーそーナス漬けやナスミソばっかり食っていらんねぇー。配るのにも限度というもんがある。ナジョショー。なんせ美味で名高い(じっさいうまい)「泉州水ナス」だ、ブチャリもサンネェー。失敗したらそれからブチャレばいいと、干してみることにした。厚さ1センチくらいにタテに切り、干した。幸いカブレないでヒアガッタ(干上った)。食ってみるか。水に漬けたが、なかなかもどらない。水をかえてニサンチ(2・3日)おいてみたがだめ。どうする。幸いゼンメーの経験がある。火にかけ、わく寸前に止めて放置。ツグノヒみるとかなり戻っている。念のため水をかえてもう一回わかす、放置。でやっともどった。(圧力鍋という手もあるな)水を絞りかるく炒めて煮てみた。食ってみる。これはうまい!というもんじゃないが食えなくはない。とくに風味があるわけではない。売ってはいない変わった一品。話のタネにはなる。救荒(飢様を救う)食品にはなる。
また、イキフリメェー(雪降前)には畑にカブが残った。天王寺カブ。煮ては天下一品。しかし煮ても漬けてもソッケに食ゎれるもんじゃねー。今度は即決、干せばいい。大根は干すじゃねーか。カブを干して何が悪い。というわけでいいどこをとってきて洗い厚さ1センチほどに輪切り。干した。うらがえしたりと面倒をみているとそのうちヒータ。いつもだが干すとボッケと目方がなくなることにたまげる。野菜は9割方が水分であることを実感する。水分を抜けば腐らないでいつまでもとっておける。天日干しならゼンもかからない。昔の人の知恵だ。冷凍や缶詰瓶詰レトルトのようにとくべつな機器やエネルギーはいらない。塩漬けでも塩は買わんばなんねー、というような損得勘定はともかく。


その干したカブを水につけてもどす。そういえばホトバス。ヒッカラビタのが太るから、ホトバスのもとはもしや「太バス」かと思う。古語辞典をみればホトビル、あった。漢字表記は「潤びる」。「太」は民間語源、語源俗解、フォークエティモロジーか。しかしヒトは初めてことばをおぼえるとき、テメガッテな類推こじつけをいろいろしているような気がする。ホトビタら茹で、やっこくなったら、出し汁うす味で煮ふくめる。食ってみると干してもカブの風味が残っている。なかなかいいと思う。
次いで大根をイゼテから干す凍み大根もしてみた。岩手産の家人の思い出のクイモン、母が作っていた、ナジョニカうまかった、と。じゃあ作ってみるか、ダイコは余分にかこってある。寒中に皮むいて茹で、竹箸で穴をあけ、ヒボで吊した。凍みたのを乾かし水を抜く。凍み豆腐と同じやり方。今は凍結乾燥フリーズドライというのか。しかし、なかなかヒーナイ。もう二〇日ほどになるがまだ乾かない。で、結果を報告できない。
(我田大、六日町伊勢町、「季節料理大」、主人)
